Fumoir | ソファー

Renzo Frau

「Fumoir」の全製品には前側にブラス製キャスターが備わっており、背面にあしらわれた菱形のステッチと革張りボタンが特徴となっています。アームチェアの裏面と両サイドは仕上げとして革張り鋲が一列に打たれています。構造体は熟成されたブナ材です。座面のスプリング材には黄麻布ベルト上に手で縛ったスチール製バイコニカルスプリングを使用しています。パッディングはゴム引馬毛です。カバー材はPelle Frau®またはファブリックです。

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画像はイメージです。天然素材の特性上、実際の仕上がりや模様は異なる場合があります

張り地

コンセプトとデザイン

Poltrona Frauコレクションの歴史的ピース「Fumoir」は、20年代のカタログを飾っていたモデル「118」や「518」などのエレガントなリビングルームを再提案します。レンツォ・フラウは特にテーブルの周りや待合室で想定される直立姿勢に適した18世紀の背面の低いタブチェアに着想を得ました。ソファー/アームチェア「Fumoir」は座面上のクッションを排するとともに明確なサイズの見直しによって、往時と変わらないしなやかさと用途の広さを特徴としています。

デザイン:
Renzo Frau

レンツォの名で知られるロレンツォ・フラウは1881年にカリアリで生まれました。サルデーニャを後にしてミラノで兵役についたレンツォは、除隊時には歩兵隊中尉となっていました。サヴィーナ・ピサーティと結婚したレンツォは、当時文化的にイタリアの弱点ともいわれていたトリノに居を移しました。当初は、人造皮革の製造業者であるGribaudi社、すなわちDermoide Patent社のセールスの仕事をしていました。仕事で英国に赴いたレンツォは、たまたま目にしたアームチェアのモデル「Chesterfield」の持つ可能性に一目で気づき、イタリアへの輸入業を開始して成功します。けれども同時に、イタリアのモデルや、フランスや中欧のスタイルにも惹かれたレンツォは、自らの職人工房の創設を決意します。こうして1912年に生まれたのがPoltrona Frauです。当初は「スタイル」の仕事をしていたフラウが、直接に企画に乗り出すまでにそれほど時間はかかりませんでした。Poltrona Frauは革製品の生産者となっただけではなく、アーティストや知識人の出会いの場にもなりました。レンツォ・フラウはこうした関係性を活用して、ブランドイメージを堅固にしていきました。こうして次々と人気モデルが生まれたのです。第一次世界大戦がはじまりフラウが軍に召集されると、妻のサヴィーナが勇気をもって会社を率いるようになりました。こうしてFrau社のアームチェアは重要な宮殿でも使われるようになり、ついには王宮でも使われ始めました。レンツォ・フラウは1926年に早世しましたが、彼が遺した数々の企画資料のおかげで、彼の死後も妻のサヴィーナはPoltrona Frauの製品を揺らぐことなく作り続けることができたのです。

カバー材と仕上げ

寸法
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